2008年9月14日 歴史街道丹後100kmウルトラマラソン

久美浜の特徴的な山。まだ風景を楽しめる前半戦。

帰りの七竜峠。美しい「丹後」が目の前に広がる。

 

私の場合、同じ100kmレースに参加することは少ない。
なるべくたくさんの土地を走りたいという気持ちが大きいからなのだが、それと同じくらいに同じレースを走るのは実にしんどいからなのだ。前に走ったときに楽だった区間が2回目に走るときは非常に苦しく感じることが不思議と多い。前苦しかった区間は2回目ももちろん苦しいので、全く余裕のないレースになってしまうことが多いのだ。

このレースは2回目。前回は2006年。このときはふくらばぎ痛からの復帰戦だったが、今年はふともも痛明けと状況が似ている。しかし大きく違ったのは天候。前回は途中から晴れたものの、昼間では太陽は姿を見せず、走りやすいコンディションだったが、今年は日の出前から汗がだらだら流れるほどの暑さ。久美浜にたどり着く前の16km地点ですでに疲労感いっぱい。前回は何ということもなく到着した44kmの浅茂川漁港だったが、今年はここでゴールしたいと思う状態。

とはいえ、地道に前に進み、いつしかゴールにたどり着けるだろう。
と気楽に構えていたのだが、このレースの最大の難所である碇高原に向かう厳しい上り坂でふと気がついた。碇高原の73kmの関門は10時間10分。あれっ。この坂を全部歩いていたら間に合わないのではないか。

そのとおりだった。朦朧とした頭の中で何度計算しても厳しい数字だ。
とにかく走り出した。どんなに遅くとも、歩いて脚切りされるより、少しでも早く前に進もう。100kmの70km地点でこんな走りをしたら後が怖い。と思う余裕もなく走る。標高400mのコース最高地点から2kmほど下ったところが碇高原の関門であることは前回のレースで認識していた。この2kmをしっかりと走ろう。

その2kmをしっかり走った結果、関門には10分ちょっと余して到達。
ここからしばらくは下りになるのだが、ふらふらと坂道を落ちながらふと思った。このままのペースだと87kmの関門とゴールの制限時間もぎりぎりではないか。再びそのとおりだった。走れるところは走らなければならない。87kmの関門も10分前にクリア。ぎらぎらに照り付けていた太陽はいつしか肌にやさしい適度なエネルギーにまでパワーダウンしてくれ、残り10kmをしぶとく加速するのにほどよいコンディションになった。

ゴールに近づけば近づくほどエイドが増えてくる。ほとんど2km毎に準備してくれたエイドに励まされて、走り続ける。ああこんなところに急坂があったなあ、ああゴール前は会場をぐるっと回されるんだったなあ。ここにきて、レース2回目の効果が現れてきた。見覚えのある風景があると不思議と脚が前に出るものだ。

ゴール!
制限時間の10分前にテープを切ると、そのまま体育館に倒れこむ。もう身動きするのもいやだ。という状況だが、宿までの最終送迎バスの時間が迫っている。急がなくてはならない。ああ、でも動きたくない。

そうか、前回のときもこの体育館で同じように、動きたくな~いと叫んでいたとこを思い出した。
2回目の丹後は、幾度となくデジャブに襲われる不思議なレースだった。