


和歌山県那智勝浦町はそんなところにある。そんなところという意味は、関西というより中部地方に近いイメージとは程遠く、とても時間がかかるという意味である。飛行機で行くには近すぎ、列車で行くには大変遠いという不思議なところだ。
「不思議」。そう、このレースのキーワードはまさに「不思議」だった。
まずこのレース、前日受付は無いけどある。どういう意味かというと、前泊する宿を連絡しておくと、夕方ロビーにゼッケンを届けてくれるのだ。
おお、届いている。と思って中味を見ると、ゼッケンが2枚。しかし上の写真でわかるように、大会名も開催日も書かれていない。「本当に和歌山県のレースに参加したのかっ!」と追求されると、明確な証拠がないということになる。
そして私にとって最大の不思議は、コース地図が入っていないことだった。
私にとってウルトラの最大の魅力は、日本地図を開いて、「おお、私はここからここまで走ったのだ」と自己満足することにあるのだが、このレースはいったいどこを走るのだろうか?
予定していたスタート(那智の滝)近くの民宿が急遽泊まれなくなったことで、紀伊勝浦駅から徒歩圏内のホテルに宿泊した私は、そこがシングルだったこともあり、コース情報が取れないでいた。レース当日の朝3時。ホテルロビーにスタッフが迎えにきてくれた。車で那智の滝まで連れて行ってくれるという大変ありがたいシステムだ。そのロビーでリピーター参加者に「いったいどこを走るのでしょう?」という質問をぶつけてみた。
「往復する場所もあるし、ぐるっとループを描くところもある。」
結局よくわからない。しかしリピーターをして「わからない」と言わしめることが正解である。今日一日かけて私自身も体験することになったのだ。スタートが那智の滝。ゴールはJR那智駅近く。という情報は得ていたのだが、どのくらいアップダウンがあるのだろう?
5:00。
薄っすらと見える那智の滝を背に、60名ほどのランナーがスタートした。
スタート地点は本当にランナー以外何もない所で、スタート30分前についても手持ち無沙汰になるくらい。「奥熊野100kmマラソン」の大弾幕が張られているところがスタートラインであることは、スタート直前に気が付いたくらいだ。そしてぐんぐん登っていく。途中朝日に輝く太平洋が見えたときは、「ただの山道ではない。海のある町を走っているのだ」とひとり感動したのものだ。また眼下に、これから走るであろう山なみが見えてきた。今自分がいるところよりどの山も低いのだが、しかしその山なみが途切れることなく、まさに果てしなく続いている。奥熊野の奥深さ。それがしみじみと実感されてきた。
「右ふくらはぎが痛いのではないか」
エイドステーションにしか距離表示がないので、正確にはわからないが、おそらくまだ10km手前だろう。左ふくらはぎが痛むのは慣れているので気にならないのだが、右脚に違和感を覚えるのは初めてだろう。まあ100kmも走ればどこか痛くなるのは覚悟できている。ただこれ以上悪くならないように、いや、悪くなってもいいから、その地点はできるだけゴールに近いように、と自分に言い聞かせて、少しペースを落とし、すり足状の走りに切り替える。結果的に右脚はこれ以上悪化しなかったのだが、全く先の見えないコースと相まって、不安感が陰を落とし始めた。
登り切ると、今度は美しい棚田の中を一気に駆け降りる。水が張られた棚田には、すでに田植えが終わったところとまだこれからのところがある。そうか。今はちょうど田植えの時期なのだ。そんな中我々のためにエイドの世話をしてくれる皆さんに感謝。
そして山を降りると、予想外に開けた空間に出る。その中心となっている太田川に沿って「口色川」方面へ延々と上り始める。着替えポイントは1箇所だけど2箇所ある。これまた不思議な表現だが、31km地点にある長井集会所が1箇所目。そしてここからさらに山に向かい、夕方帰ってきたとき76km地点で再びこの集会所前を通ることになる。
40kmを越えたあたりから登りはきつくなる。いつ果てるとの知れぬこの道を走りながら、妙に中間点が遠く感じていた。途中「茶がゆ」や「そうめん」をいただきながら山道を走っているうちに50数km表示のついたエイドに到着。ようやく半分だ。しかし70kmすぎに着替えポイントに行くということは、後半結構下りが多いのではないか。全体像がわからないながらも、多少楽観的になってきたのもこの時間帯だった。そして多分このときだったと思うが、交差点の路面に今朝見たレースコースであることを示す矢印を再発見した。しかも朝の矢印を消して、違う方向から違う方向への矢印となっている。ということはこの地点を朝走っていることになる。でも、こんな奥深い山に来ているはず無いではないか?
後日、那智勝浦町の地図を購入しレースコースをトレースして見たが、確かに今朝走ったコースを再び走る設定になっている。つまり、那智の滝とは別の遠いところにある山を走っているつもりでいたが、再び同じ場所に戻っていたのだ。しかし、レースコースを全く把握できていない私にとっては、このとき釈迦の手のひらから抜け出せない孫悟空のように、那智勝浦町に描かれた「騙し絵」の中でもがき続けていたのだった。
76km長井集会所。
そうめんをいただいたが、美味しくない。このときまで、今日完走できるかどうかなど、不思議なことに全く考えていなかったけれど、この地点で急激に疲れが出てきたようだ。そういえば、秋田やえちごくびきのでも、この距離で気分が悪くなったことがある。再びそんな状態になった。気分転換のためしばらく歩くことにする。ゼッケン「48」の女性ランナー(今朝から相前後して走っていた方)が心配して、「ブドウ糖」と「塩」をくれた。「塩」はさすがに体調によくないと思い、「ブドウ糖」だけをいただく。少しずつ体調が戻る。途中このコースには珍しく飲み物の自動販売機を発見。そこで飲んだアイスミルクティーが復活の決め手となった。
84kmのエイドで、「48」に追いつき丁重にお礼をしたが、ここからがこのレースのハイライト。今朝下ってきた林道を再び越えるコース設定になっている。不思議と体が動き、上り坂の辛さは感じないが、、延々92km地点まで続くひとりぼっち状態に少し心細くなってきた。しかし88kmのエイドでハッサク+蜂蜜をいただき気分転換。92kmのエイドを過ぎると、いよいよ最後の下りである。
この時点で今日初めて残り時間を確認。何とか時間内完走できそうだが、気を抜くことはできない。かと言って、8kmという距離は一気に駆け抜けるには長い。慎重に下り坂を走るが、ウルトラの最後に、しかも時間を気にしながら走る下り坂は脚によくない。よくないとわかっていながらも走り続ける。昨日の夕方確認したように、18:30はまだ明るいが、19:00になると薄暮も終わりに近づく。周囲の明るさを確認。いよいよ制限時間の19:00が近づいていることを体全体で感じ取ることができた。
そしてゴール。
「ビール飲みますか?」というワードを初めに聞くとは思わなかったが、限りなく最終ランナーに近い私のために残ってくれていたスタッフに感謝。感謝ついで(?)に今夜の宿まで車で送ってもらった。相変わらずゴール後は放心状態で、ちゃんとお礼ができたのかやや不安。
ともあれ、不思議づくしの一日は無事終了した。
「最もディープな日本」奥熊野は予想を裏切ることはなかった。小規模ながら実にしっかりとした運営。大自然を満喫できるコース。もう一度参加するかについてはとりあえず白紙と言っておくが、ゴールデンウイークの旅としては大満足の企画だったといえよう。